ポンポコ部屋
なんちゃってテナーマン&空手家のポンポコです。甘い物とたこ焼きが大好きです。
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プロフィール
《大学時代》1986年~1990年
1986年4月、西南学院大学文学部英文学科へ入学。なんだか大人になった気分がし、心ときめく毎日が始まった。当初、水泳はやめて、空手かラグビーでもやろうと思っていたが、水泳部の先輩方の勧誘攻撃に負け、結局大学でも水泳を続けることになった。
大学のクラスは英文学科だけあって、女性が7~8割。男子校出身であったため、初日はかなりドキドキしていた。しばらくして、クラスコンパをやろうという話が持ち上がり、というよりも持ちかけ、クラスコンパを開催した。席はくじ引きで決めたが、その時隣に座った女性は、後に私の女房となった。当然、その時は全くそんなことは考えていなかったが・・・。
大学では、水泳部に入部し、ぬいぐるみショーの劇団に入団し、そして西武ライオンズの私設応援団を結成した。
2年生の時、当時の水泳部はリーグ戦(?)かどうかよくわからないが、1部・2部の2部であったが、ある飲み会の席で、先輩が、「今年1部にあがれなければ坊主になります。」という発言をしてしまい、ついでに、1部にあがれなければ私も坊主になるという話がまとまってしまった。1部進出をかけた大会では、残念ながら準優勝(優勝校のみ1部へ昇格)に終り、1部昇格を逃してしまった。そして、約束どおり坊主になった。その悔しさを晴らすべく、シーズン最後の試合であった九州インカレで、800mリレーで3位になる!という新たな目標をたて、大会に臨んだ。問題の800mリレーでは、私がアンカーをつとめ、タッチの差で競り勝ち、見事3位に輝いた。そしてプールからあがった時、坊主発言をした先輩に「ありがとう。」と言葉をかけられ、思わず涙があふれてきた。小さな頃からずっと水泳をやってきたが、水泳で泣いたのは、あの時が初めてだった。
その感動さめやらぬ8月9日、私は人生の重大な局面に立っていた。周りの友人に励まされ(けしかけられ)、当時好きだった女性に告白することにしたのである。結果は、見事O.K.!そして、告白した女性は現在、私の女房となっている・・・。
大学3年生の時は水泳部の主将となり、1部昇格を目指して頑張ったが、惜しくも準優勝で、またもや1部昇格を逃してしまった。
大学4年生になると、水泳部は一応引退扱いになるが、1部昇格を果たすため、毎日練習に参加し、大会にも出て、ラストチャンスで念願の1部昇格を果たした。そして、8月19日に結婚した。そして、11月17日に長男が誕生した。
当時はバブル全盛期で、誰もが就職先に困らない状況であったが、就職活動は行わず、不動産会社を営んでいた実家に戻ることにした。
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